|ω・) 自慰的コレクション
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カテゴリ:日記( 129 )
Converge
僕の神様

でかっ!
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by MiraCalix | 2006-02-12 21:52 | 日記
一発ネタ
   うほ ( ゚д゚)  moon
   \/| y |\/


      ( ゚д゚)うほmoon
      (\/\/
このふたつをあわせて


--------Excite翻訳----------

      ( ;゚д゚)********
      (\/\/


さあどうぞ
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by MiraCalix | 2006-02-08 21:35 | 日記
フォルダ整理してたら出てきた。
c0025885_334116.jpg


(*´Д`*)
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by MiraCalix | 2006-01-30 03:03 | 日記
自分であって自分ではない、だが自分である。
やはり集団性の他に、個に収束するという習性がなければ進捗はありえないと思う。
社会という集団の中の、企業という個同士が競争することで社会が発展する。
諸々の学派は生まれ、理論を競い合い、結合しながら新しい理論が生まれ、発見されてきた。国際社会の中の、国という個同士の競争、そうした競争の中で確実に成長して来たものがる。そうした共存と競争の精神のバランスによって人間の世界は進捗し、他の種との競争に勝ち、天災、病気、飢餓を乗り越え今日に続いてきたと考えられる。

人間の殆どのものが二極調和することで、初めて真の建設的方向に向かうと思う。
そしてそれは、人間の実質が、右脳、左脳という、それぞれ相反を生み出すものの中間上に在ることに関係があると思う。
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by MiraCalix | 2006-01-25 22:25 | 日記
結構前から
こんな事を思う。
人間の欲望や感情に、何一つとして無駄なものはなく、一見不毛に思えるものも
相対的に意味を成して、全てが連動し、一つのものを成しているように思えてならない。
それは人間だけじゃないかもしれない。全てがそうかもしれない。
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by MiraCalix | 2006-01-25 02:57 | 日記
Blood brothers
blood brothersていうバンド自体は、どちらかというと好きかなという程度ですが
blood brothersのオフィシャルサイトとかマーチャンダイズのデザインはとても好きです。

オフィシャルサイト
Tシャツ

フラミンゴのTシャツ買おうかどうか悩み中です。
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by MiraCalix | 2006-01-24 02:11 | 日記
宿命的な課題にぶち当たる。

■個人と社会・小林秀雄■

~『私』という言葉の意味~

 私たちは、だれも生まれたときから同じ顔をしてやしない。髪の毛一本だって、他人とは違うのである。私たちは、生まれながら、めいめい個人である。一見わかりきった事実だ。個人の現実性は、生物学的に、はっきり定義できるように思われる。だがすぐ疑問が起こる。第一、私は、私個人の力で生まれたわけではない。両親がなければ、私はないのだし、家庭あるいは多かれ少なかれこれに類した周囲の人々がなければ、私は育ちはしなかった。一人前に育ってからも、社会に共通したものを受容して、これに助けられていなければ、一日も生活はできない。してみると私たちの生物学的な個別性というものは、いわば見かけに過ぎず、根はもっと大きな社会という有機体の生き方に適応し、これに協力するように、私たちの生物学的構造も定められていると考えたほうが正しいのではないか。事実、孤独な生活は不自然であり、少なくとも孤独な生活を維持するためには、ある精神の努力がいるように見える。
 それなら、個人を成立させるものは、精神の世界にあるか。この世界のどこを探せば、真に個性的なものが見つかるか。いうまでもなく唯物史観は、これに否定的な答えをする。さまざまな思想が、どんなに独自な姿を競っていようとも、ある社会階級に共通した性質を必ず反映しているとする。唯物史観の立場に立たぬ歴史家も個人の思想表現を、一般的基盤から説明しようとする傾向は強い。

~意識の集団性~

ことに心理学の発達は、人間の内部生活についての考え方を非常に変えてしまった。無意識心理学の到来が、意識と心理との同一視を破壊してしまったからである。意識とは無意識の大海に浮かぶ扁舟に過ぎず、この不安定な、ほとんど偶然の産物に、何も個性と呼ぶ特権を付与するにあたらぬ-この考え方は、見かけほど斬新なものではない。意識こそ個人のものといういかなる理由もない。夢を非現実としてしりぞけるいかなる理由もない。意識もまた無意識という環境に規定されている。君のささやかな意識の力ではどうしようもない厳然たる秩序を持っているはずだ。内生活を宰領すると見えた意識の特権は、あやしげなものとなり逆にこれを支配すると考えられる無意識界は、精神分析の結果、いよいよ強固な実在性を証するようになる。意識的な個性の群れは、内生活の表面に開く花に過ぎず、無意識の深層には、集団的な、だれ彼の別なく共通した動きがある。もう歴史の語る偉人とか英雄とかいう美辞にまどわされる人はない。だれも冷静に彼らの言行を吟味すれば、伝説の衣装は脱落し、ただの人間が現れることをよく知っている。英雄の刻印も彼が独力で刻したのではない。人々を支配し得たと信じた彼らのうぬぼれより、彼らに支配されたと信じた人々の卑下の方が重大である。集団に共通な無意識の願いが、まず自らの方向を決定しなければだれが支配者として成功できるだろう。
 おのれ自身を支配すれば足りるとする芸術家と称する内的生活の行動家の繊細微妙な仕事にばく然と心を動かされ、あるいは任意に感動し、これを天才的とか独創的とかいう言葉をかむせるのも、浅はかな考えである。衆にすぐれた彼らの才能の動きも、よく観察すれば天才ではない。病人である。
 唯物史観は、個人主義、自由主義のイデオロギーを、支配階級の病気と診断した。唯物心理観が、良心も人格も力量ある指導者のかかる病気であると診断したとしても別に驚くには当たるまい。同じ観察の方法を押し進め、およそ人間の意識とは、特権意識に他ならぬと断じても少しも差しつかえないわけである。人間をひたすら外部から究明しようとする社会学的な方法が、もし誤ることなく徹底すれば、個人というものは、どこにも見当たらなくなるということを、はっきりと承認すべきである。承認したうえで、それにもかかわらず、私が「私」という言葉を使っている、使わざるを得ないでいるという事実を、あらためて考えてみる方がよい。「私」という言葉が発音されるさいに、私に直接経験される世界を考えようとすると、これまでの考え方とは全く違った、違うばかりではなく全く矛盾した考え方を必要とするということが疑えなくなるであろう。そこに行ってみる事だ。それをやらずに社会と個人との妥協による統一を夢みていても、いつまでもさめる事はないのである。

痛烈です・・・
特に自分みたいな個を好む人間にはこたえます・・・
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by MiraCalix | 2006-01-18 05:31 | 日記
アートブックマーク、ブログに移し変え完了
とりあえずマニアックなネタは現時点で全部出しました。おいら乙!
みんなの気に入るのはあったかな?
って言っても反応しそうな人ほうれん草さんくらいしか思い浮かびませんが!
今度からは大御所、おいらが崇拝してるレベルの人たちを挙げていきます!
勿論ぼちぼちとですが(・ω・)
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by MiraCalix | 2005-11-12 17:15 | 日記
(・ε・)
キタコレ!
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by MiraCalix | 2005-11-07 19:40 | 日記
女子生徒の制服姿で中学に侵入、47歳の作業員を逮捕
4日午後6時10分ごろ、兵庫県西宮市の市立上甲子園中学校の校庭に、
同校の女子生徒の制服を着た男が開いていた校門から侵入。
3年男子生徒(15)が「何しとるんや」と大声を出すと逃げ出したため、
約100メートル追いかけて校外で取り押さえ、
甲子園署員が建造物侵入の現行犯で逮捕した。

同署の調べでは、
男は西宮市東町のアルバイト作業員、上村篤弘容疑者(47)で、
かつらを付けて口紅をひくなど薄化粧をしていたという。
「昨年、学校の業者から制服を買って1人で着ていたが、
同じ服を着た生徒の中に入ればもっと興奮すると思った。
女子生徒に見えると思い、ばれるとは考えなかった」
と供述している。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051104-00000419-yom-soci


( ´・∀・`) ばれるだろ。
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by MiraCalix | 2005-11-07 01:02 | 日記